僕は、小さい頃から男らしくなかった。
男らしくしろ、みたいな風には育てられなかった。
両親からも、親戚からも、ご近所からも
「かわいい、かわいい」と言われて育ってきた。
その頃から僕は、小さいながらも、まんざら悪い気もせず、
「かわいい路線」で生きようと思ったらしい。
北斗の拳でも、ドラゴンボールでも、キン肉マンでも、
僕が学び取ったのは、友情、努力、勝利、ではなく、
優しさ、愛情、世界平和、だった。
最終的には、
力ではなく、優しさや愛情が勝つんだと思う。
今でもそう信じている。
小学校くらいのときには、なんで僕は男なんだろうと不思議で仕方なかった。
女性になりたかった。女性的なものが好きだった。
小さい頃からゲーマーだったわけだが、
かわいいからという理由で
「ペンギンくんウォーズ」とか「バイナリィランド」とか
そういったゲームを誕生日プレゼントなどに買ってもらっていた。
(ドラクエみたいのは親父が買ってたw)
「男」というものは、大人になるにつれ、様々な試練を乗り越えて
より「男性的」になるらしいのだが、
僕の場合はなんだか違ったように思う。
そのためか、僕に「男性的なもの」を求める人は、どうやらガッカリするらしいww
いや、身体的な特徴のことではないw 精神的なところのこと。
そこで立ち向かえよ!言い返せよ!というところで、僕はしないようなのだ。
世間はそれを臆病だとか卑怯だとか言うらしいのだが、
僕から言わせると、くだらない と思ってしまう。
戦って、どちらが勝っても、どちらかが傷ついてしまう。
そういうのはうんざりなんだ。
相手を打ち負かすよりは、味方につける。
勝てない戦は逃げるに限る。
腕で勝てないなら、頭で勝つ。
言っても聞かないなら無視するか気にしない。
くだらないプライドは捨てて、実利を取る。
そんな生き方を選択してきたように思う。
僕は自分でもよく分からないのだが、2面性がある。
心のどこかでは、とても熱いものが流れている。
男の浪漫のようなものはかなり理解できる。
項羽にも曹操にも織田信長にも共感するしそうなりたいと思う。
でも、現実社会を生きる上では、僕は
劉邦や劉備や徳川家康的な感覚に近いと思う。
そしてどちらが正しいか、あるいは理想的かと言えば、やはり後者だと思う。
極力、力を使わず、平和にできるならそれに越したことはない。
「優しさ」とか「他人を思いやる」みたいな気持ちは、
たぶん自分がそうされたいからだと思うが、とても大切なものだと思っている。
先日押入れをあさっていたら、小さい頃にかわいがっていた
ぬいぐるみがたくさん出てきた。
大人になった今見ても、正直、かわゆいw
良い歳した大人の男が、ぬいぐるみを見てニヤニヤしてたら相当気持ち悪いのだろうww
でも、かわいいものはかわいいのだから仕方ない。
例えば八景島シーパラダイスに、
等身大サイズのペンギンのでかいぬいぐるみがあって、8万円とかするんだけど、
もしお金があって、世間の目を気にしないでいいのなら、
普通に買って帰って部屋においておきたいw
あるいは車の助手席にでも置いておきたい。マジでそう思う。
ぬいぐるみに埋もれて眠れたらたぶんそれだけで幸せだ。
萌えに関しては、正直なところ2次元でも3次元でもどちらでもいけるw
ロリ系だろうがお姉さん系だろうが何でもいけるww
いや、それはとりあえずおいとこうw
そういうのって多少なりとも性的なもんがあるんだろうけど、
僕が言いたいのはそういうこっちゃないw
そういう意味とは違う、
なんというか、子犬や子猫をかわいがるような、
たぶんそういう想いの方が強い。
異性に対しても、犬や猫みたいな感じの子と付き合って、
のほほんとした家庭でも築くのが理想なのだが・・・w
どうもトラとかタカっぽい人に出会うのは何故なんだろうw
たいした数の出会いもないんだけど、
女性の方が実は熱い心を持ってると感じることが多々ある。
なんつーか女性って、友情はとことん大事にするんだけど、
一度敵と決め付けたものに関しては、もう徹底的に敵視するんだよね。。。。
しかも組織的にw その辺がとても怖かったりするw
そういう面で、敵も味方につけるべし、みたいな僕の考えと対立してしまうらしい。
どうしてあいつをのさばらしておくの!ガツンと言ってやってよ!みたいに怒られてしまうw
(そこは何だかんだ言ってやっぱりロジカル人間なので
ガツンと言って物事の本質が解決するならいくらでもやる。
たいていは自己満足か、無用な論戦の発端になる気がするのでやらない)
この辺はどうすればいいんだろう。マジでいつも悩む。
どちらかというと、性悪説より性善説を信じている。
善悪で言うとちょっと違うかな。
倫理的、道徳的観念みたいな罪みたいな悪みたいのはどうしても感じてしまうけども、
そういう次元とは違って、性優説とでも言えばいいかな、
誰もが相手を思いやるような心は持っていると思う。
優しさだけでは何もならないという人がいる。
優しさだけではつまらないという人がいる。
僕は違うと思う。
人が人を慈しみ愛せるなんて、とても貴重で、とてもすばらしいことなんじゃないかと思う。
母性愛というのか、僕は男だから父性愛とでも言うのか。
相手が犬や猫や、ぬいぐるみであっても、かわいがりたい気分になる。
彼らが直接的な見返りをしてくれなくても、そんなのは求めないし関係ない。
たぶん、自分がしたいからそうするのだと思う。
いつかの記事で、極めてロジカルに、世の中は契約で成り立っていると切り捨てたが、
でも、本当のところ言うと、誰しも、人間である以上ロジカルに生きられなんてしないと思う。
そうすると、例えば花を愛でる感情でもいいんだ。
そういうのはどこから来るんだろうと思う。
かわいいものをかわいいと思って、心があったかくなったり、
ほんわかした気持ちになって、あるいは涙さえ出ることがある。
こういう気持ちはどこから沸いて来るんだろう。
そして何のために沸いてくるんだろう?
理屈はわからないし、それを解明しようとするのは野暮ってもんだろう。
僕はわかんなくていいと思う。
わかんないけど、人間は本能的にか、本来的にか、
好戦的なところがある反面、こういった相手を慈しんだり思いやったりする心がある。
この両方を天秤にかけたら、当然後者の方が大事だし、
何よりも 「力がある」 と思う。
本当に、いつでも優しく居られることは、
僕は 強いこと だと思う。
世間に出て、生きるってことは、
トラやハイエナにならないといけないと知りつつも、
僕はでも、のほほんと草食ってるヒツジやウシみたいになりたい。
わが道を行く孤高の草食動物みたいのが理想かな、
とすると、ゾウかな?
あるいはシロナガスクジラみたいな(やつは厳密に言うとプランクトン食ってるけど)。
なんか途中から、書いてて相当恥ずかしくなってきたけど、
せっかく書いたからもういいや、アップしちゃえ!
とにかく今日は優しい気持ちなんです^^